偽アカウントは「劇団員」だった
町内の小さな劇団が配役を決めるところを想像してみてください。ひとりは市長役、ひとりは先生役、もうひとりは商店主役。役が決まったら、舞台の最後までその人物でいなきゃいけません。市長が急に宿題の話を始めたら、お客さんは「あれ?」って思いますよね。実は、ネット上の偽アカウントの集団もまったく同じ仕組みで動いていたんです。
あるSNSに何千もの偽アカウントが現れて、普通のアメリカ人のふりをしていました。それまでの見分け方は「保守か、リベラルか」「怖い話を広めているか」といった発言の中身が中心でした。でもそれは、劇団員のセリフが面白いか悲しいかで分類するようなもの。誰も「この人はどんな役を演じているのか」とは聞いていなかったんです。
そこで出てきたのが、政治的な主張ではなく「なりすましている役柄」で分ける発想です。すると四つの役が浮かび上がりました。地方の新聞を装う役、団体や運動を装う役、声の大きい政治好きの個人役、そして天気やテレビの話をする普通の人役。劇団と同じで、どの役にも「やっていいこと」と「やったらバレること」の暗黙のルールがありました。
面白いのが、偽アカウントの投稿の半分以上は政治と関係なかったことです。月曜の愚痴やドラマの感想。それは全部カモフラージュでした。商店主役の役者が、大事なセリフの前にちゃんと棚を並べてお客さんに挨拶するのと同じです。本物らしく見せるための仕込みで、しかも役柄ごとにカモフラージュのやり方が違っていました。偽新聞は天気予報、偽活動家は名言の引用、という具合に。
分析者たちはまず、プロフィールを読んで手作業で四つの役に振り分けました。プロフィールが見えないアカウントには、使っているハッシュタグのパターンを手がかりにしました。衣装が半分隠れていても、立ち位置や身振りで誰が誰かわかるのと同じ要領です。そこからコンピュータが各役柄の行動パターンを覚えていきました。
この方法で役柄を当てた正解率は約九割。別の分析者が分類したデータと照らし合わせても精度は落ちませんでした。しかも言語が違っても同じパターンが通用したんです。商店主役の演技は、英語の舞台でもロシア語の舞台でも商店主に見える。役柄が行動を縛る力は、それほど安定していました。
この手法は、本物の中から偽物を見つけるものではありません。偽物だとわかったあとに、そのネットワーク全体の構造を読み解く道具です。どの役が何人いて、どの役がフォロワーを集め、どの役が会話を担当しているか。台本とト書きを読めば、一行もセリフを聞かなくても芝居の全体像がわかるのと同じです。
皮肉なことに、人をだますためには本物と同じ社会的なふるまいを守らなければなりません。その忠実さが、舞台上の立ち位置のようにくっきりした足跡を残していました。本物に見せようとする努力そのものが、ネットワーク全体を読み取れるものにしていたんです。