舞台の稽古で学ぶ、わざと少し迷う強さ
小さな劇場の裏で、役者さんが床のテープの印を行ったり来たりしています。今夜のせりふは、落ち着いても、きつめでも、静かに笑わせても成り立ちます。演出家は一つに決めず、いくつか残しておいてと言いました。
一番ウケた一回だけを真似し続けると、相手が合図を外しただけで場が崩れます。客席の空気が違う日も同じです。稽古のやり方が少し変わっただけで急に固くなるのも、よくある話でした。
演出家は点の付け方を二つにしました。まずは場がちゃんと届いたか。面白いのが、同じ言い方に寄りすぎないほど少し加点することです。専門ではこれをエントロピーと呼びます。良さと、ほどよいばらつきの両方を狙うと、稽古は雑にならず安定します。
毎回の通し稽古は短い動画にして積み上げました。次の稽古は最新だけじゃなく、その山から何本も見返して直します。動画を見て点をつける係も二人にして、意見が割れたら厳しい方を採用しました。点の基準表はゆっくり更新して、日によるブレを抑えます。
次の通しでどう演じるかは、点が高い言い方が選ばれやすくなります。でも一つに固定はしません。動きはテープの枠から出ないように、頭の中では大きめに動いても本番は枠に収め、収めた分の違いもちゃんと考えます。ばらつきを重くしすぎると散らかり、軽すぎるとカチカチになります。
合図が遅れたり間がずれたりしても、役者さんは固まりません。強い言い方をいくつか持っているからです。確実さは、一つの正解にしがみつくことじゃありません。わざと小さく迷えるようにしておくと、舞台はむしろ崩れにくくなりました。