空っぽのホールの拍手が、遠い宇宙の距離を教える話
客が帰った暗いコンサートホールで、音響さんが客席に小さなマイクを並べます。パン、と一回だけ手をたたくと、返ってくる音が少しずつ遅れて重なります。その遅れの違いで、壁やバルコニーの形が見えてきます。
でもホールは素直じゃないです。カーテンが音を吸ったのか、壁の角度が変なのか、安いマイクのクセなのか。違う原因が同じ感じの「遅れ」を作るので、ひとつの答えに決め打ちすると、こっそりズレます。
昔のやり方だと、マイクごとに録音を見て「この形っぽい」で一個の答えにして終わりでした。手早いけど、カーテンの具合と遅れの読み違いみたいな、つながった迷いを切り捨てます。
新しい考えは、マイクごとに小さな「フォルダ」を残すことです。ありえそうなホールの形と遅れの組み合わせを何通りも入れて、外の雑音メモも別に入れる。で、ミキサー卓みたいに全部のフォルダを一気に見て、最初の思い込みが強く出ないように重みを整えます。つまり、迷いを捨てずにまとめます。
このまとめ方で、質の違うマイクをたくさん混ぜたリハーサルをします。高級なマイクは少なくても、ふつうのマイクや安いマイクが大勢いる。面白いのが、安いマイクでも数が増えると効いてきて、宇宙の広がり方や、広がりを押す正体不明の力の手がかりがぐっと締まることです。
どこを良くすると得かも見えてきます。拍手の遅れをもっと細かく読めるほど、正体不明の力の手がかりが強くなりやすい。客席の音の広がりまで分かると、似た答えが並ぶ困りごとが減って、広がり方そのものがはっきりします。完璧な数本より、クセ込みで整えた大量の録音が頼りになる、と音響さんは静かにうなずきました。