双眼鏡のピントを変えたら、がん細胞の見分けが変わった話
ベテランの野鳥観察者が丘の上で、ムクドリの大群を眺めています。遠くのタカなら一発で見つけられる。でも何千羽もの中から、そっくりな小鳥を見分けるには、遠くの輪郭をつかむ力と、羽の細かい模様を読み取る力、両方が要ります。肝臓がんの細胞を顕微鏡で分類する仕事も、まさにこれと同じです。ぱっと見はほぼ同じ。違いは、巨大な画像に埋もれたごく小さな模様の中にあります。
これまで専門の医師が一枚ずつスライドを見て判断してきました。でも同じスライドでも、二人の医師で意見が分かれることがあります。命に関わる判断なのに、時間がかかるし疲れもたまる。コンピュータに画像を覚えさせる方法が期待されましたが、よくあるやり方は、風景や動物の写真で鍛えた仕組みの最後のラベルだけ貼り替えるものでした。双眼鏡でいえば、接眼キャップだけ交換するようなもの。大まかな形は見えても、細かい羽の模様はぼやけたままです。
今回の工夫は、キャップだけでなく対物レンズ側のピントも開放して、がん細胞の微妙な色合いや質感に合わせて再調整したことです。輪郭や境界線をとらえる奥のレンズはそのまま固定し、細部を拾う前側だけを専用に合わせ直しました。同時に、最後の一段階で答えを出していた仕組みを、何段ものフィルターで少しずつ絞り込む方式に変えました。前側レンズの再調整と、段階的な絞り込みの組み合わせが、今回の核心です。
この二つの改良を、八種類の異なる画像認識の土台と、三つの別々のスライド集で試しました。公開されている肝臓がんのスライド、インドの病院の肝臓がんスライド、そして大腸がんのスライドです。すべての組み合わせで、改良版が従来版を上回りました。公開肝臓がんのセットでは、最も成績の良い改良版が三種類の組織を一つも間違えずに分類しています。
面白いのが、以前の別のチームは約三万九千枚もの画像を使って正解率がおよそ九割でした。今回の改良版はその十分の一、約三千五百枚で正解率が満点に達しています。少ないデータで、より正確な答え。双眼鏡のたとえに戻ると、大群をしらみつぶしに見るより、レンズのピントを正しく合わせて賢く絞り込む方が確実だった、ということです。
ただし、どのスライド集でも同じ土台が一番だったわけではありません。公開肝臓がんで一位だった土台と、インドの病院で一位だった土台は別物でした。群れが変われば最適なレンズも変わる。それでも、前側レンズの再調整と段階的な絞り込みという改良の考え方そのものは、どの土台でもどのスライド集でも効果がありました。この一貫性が一番大事なところです。
こうした仕組みは大きな計算力が必要で、地方の小さな診療所のパソコンですぐ動くわけではありません。小型化はこれからの課題です。それでも、同じスライドを見て医師の意見が割れる世界で、繰り返し試してもほぼ同じ答えを出せる道具が現れた意味は大きいです。野鳥観察者は自分の目を捨てたわけではありません。双眼鏡のピントをちゃんと合わせ直しただけで、細かい模様がくっきり見えるようになったのです。